説明
ヨ3500は国鉄の車掌車で、昭和25年(1950)から昭和32年(1957)にかけて新製と改造で、1,345両が製造されました。車軸を受けて支える板バネの支持部分が一段式で、高速走行には不向きなため、貨物列車の高速化に伴って昭和42年(1967)以降、85km/h走行対応の二段リンク式のヨ5000へと大半のヨ3500が改造されました。
しかし、四国や北海道では島内限定で残存し、また急勾配区間の信越本線碓氷峠でも、EF63を連結した特殊な運転方式で、急ブレーキ時の安全に備えて一段リンク式のバネを装着したヨ3500が活躍しました。75km/h制限の一段リンク式バネですが、碓氷峠では区間限定として、貨物列車の通過が廃止となる昭和59年(1984)まで活躍しました。
ヨ5000形はコンテナ特急「たから号」の緩急車として使用するために、昭和34年(1959)からヨ3500形緩急車の走行装置を2段リンク化改造し、最高85km走行に対応させた車両です。
ヨ6000形はヨ5000形の後継形式として、1962年から1969年にかけて871両が製造されました。
国鉄の主力車掌車として全国で使用され、昭和62年(1987年)まで活躍しました。
ヨ8000は、昭和50年(1975)に登場した国鉄末期に活躍した緩急車(車掌車)です。貨物列車の車掌車として全国で活躍しました。
ワフ29500は、昭和30年(1955)から昭和36年(1961)にかけて製造された貨車に緩急車設備を追加した有蓋緩急車です。1両で車掌車と有蓋車を兼ねられる有蓋緩急車は貨物扱い量が比較的少ないローカル線にはうってつけの存在で、650両が製造され全国で活躍しました。
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